そっちゃそのたわごと

ミニマリズムと断捨離が好きな20代。

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成長の機会を自ら放棄している?努力を省みて結果を省みず。

努力や過程はどうでもいいこと

頑張ったのに報われないと嘆く人が世の中には多すぎだと思う。みんな、なにかに取り組む時に、「昨日は徹夜だった」、「一生懸命やった」、「たくさん勉強した」ということ(過程)を自覚出来ている。しかし、その結果、

  • 上手くいったのか
  • 上手くいったが、たまたまだったのか
  • 上手くいかなかったが、やり方を少し変えればうまく行きそうなのか
  • 上手くいかなかったし、そもそも努力が見当違いたったのか

などを、ほとんど考察(反省)しようとしていない気がする。過程を省みるが、その結果を省みることはない。一言で言えば、やりっぱなし。努力と結果の因果関係について考察することをしない。

言い換えれば、自動車学校でやっている「効果測定」ができてないということ。努力が実際に成果に実っているのかどうか確認する作業が効果測定なのだが、これができてないというか、してない人が多い。

学校の定期テストはいい例

例えば、定期テスト。「昨日は徹夜だった」とか、「◯◯をした」という声は聞いたことあるだろうが、「点数は悪かったが、ここをもう少し詰めれば出来ていた」とか、「点数は良かったけど、まぐれあたりが多くてあまり参考にならない」とか、結果を省みての反省を聞いたことはほとんどないと思う。(点数が良くて喜ぶ、低くて悲しむとかはあるだろうけど、それは反省とは言わない。結果に一喜一憂しているだけだ。)

過程ばかりに目が行くのは由々しき事態

これは、もちろん、由々しき事態である。反省なくして成長はない。行動力が高いのは結構だが、やりっぱなしの行動力バカでは成長できるはずがない。

結果をきちんと振り返って改善を繰り返すことが成長するための正攻法なのだから、ここを怠る、とうことはこれ以上私は成長しませんと宣言しているようなものである。