そっちゃそのたわごと

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【まとめ】安宅氏の著書『イシューからはじめよ』は論点思考の教科書として最適。

イシューからはじめよを読んで、論点思考を理解しよう

イシューからはじめよ-知的生産の「シンプルな本質」は、2010年初版のちょっと古めの書籍です。

職業人(プロ)として価値を生み出して提供する人にとっては必携必読といってもいいくらいの良著で、私もずいぶん前に読みました。

アカデミックとビジネス両方のフィールドで活躍した経験を持つ著者の安宅和人氏のたった一つの主張、「根性に逃げるな、イシューからはじめよ」というシンプルなメッセージがこの本に書かれています。

そもそもイシューとは何か

イシューというのは、課題、問題、論点とも訳され、その定義は、「二者間で決着がついてない議題」のこと。例えば、「天動説と地動説、どちらを支持するか」といったスケールの大きなものから、「今夜の夕食を肉料理にすべきか魚料理にすべきか」といった小さなものも、立派なイシューです。

どちらかを支持することが可能であり、決着をつけることが可能であるものをイシューといいます。

問題は解くべきものではなく、選ぶもの。解の質よりもイシューの質

これはほとんどの人が思い込んでいることだと思うのですが、問題に正しい解を与えることが重要というのは必ずしも正しくはありません。

その理由は、世の中にはびこるほとんどの問題は「どうでもいい」問題であるため。どうでもいい問題を解いて、無駄な時間を費やし徒労感を生み出しても全く意味はなく、疲れるだけと著者は述べています。

どうでもいいイシューの例

例えば、有名人の不祥事が起きると、SNS上ではあれは許されるべきではないだの、厳罰にすべきだのといろいろな議論や主張がなされます。

しかしながら、不祥事に全くかかわりのない赤の他人がああだこうだと議論に参加して、仮に決着がついたとしても何も生まれません。

このようなものが、どっちに転ぼうとも後々の結果に影響しない、どうでもいいイシューの例です。

このような議論を意図的に回避することが、イシューを選ぶ、という行為になります。

ネットアンチや揚げ足取りが好きな人はイシューの見極めが全くできてないといえるかも

また、有名人やインフルエンサーの発言や記事をあら捜しして、矛盾点などをつついて炎上させるネットアンチの方は、解のクオリティ(論破性)が高かったとしても、叩く対象があまりにもどうでもいいダメなイシューであることがほとんどです。

このような場合もイシューの質の低さから、何も価値を生み出さない不毛な議論になりがちです。

著書のエッセンスは前半にある

著書の前半では、イシューとは何か、よいイシューとは、ダメなイシューとは、どうすればよいイシューを見極められるか、ということがひたすら解説されており、後半は実際にイシューに解を与える際の方法論について書いてあります。

イシューから始めよは間違いなく良著。Amazon Kindleで利用可能です。

いかがでしょうか。正直結構難しめの本で読むのに難儀しますが、一読の価値ありです。中学生や高校生にもおすすめできます(教科書にしてもいいくらい)。