そっちゃそのたわごと

ミニマリズムと断捨離が好きな20代。

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もっと「自己中心的」になろう。他人の時間を生きても意味がない。

はじめに

自己中心的とは?

自己中心的(自己中)という言葉がある。空気を読まないで早く帰るとか、わがままにふるまう人に対して使われがちな言葉だ。

そして、Wikipediaによれば、自己中心的の意味は以下の通りである。

自分自身を物事の中心と定義して、世の中の物事を解釈する(本人がそれを自覚していないことが多い)こと。 また、そのような考えを元に、他人のことを考慮しない行動をする性質のこと。 単に自己中心(じこちゅうしん)、これを強調的に指す場合は自己中心的(じこちゅうしんてき)とも言う。

この、他人のことを考慮しない、という文言がポイントだと思う。すなわち、自分自身の利益のみを第一に尊重し、他人が、良いもの悪いもの問わず、どう影響されるかということは二の次、というマインドセットが、自己中心的な思考だ。

自己中心的=悪なのか?

一般的には、自己中心的というとネガティブな言葉であり、この性質は欠点であると解釈される。しかしながら、言葉の定義を忠実に解釈すれば、必ずしも悪い性質ではないような気がする。

では、論点はどこにあるのだろうか?

まず、自分自身の利益を第一に尊重することは、ある意味当たり前である。この点は問題にならない。むしろ論点は、他人への影響を考えるか否か、である。

むしろ、行動力を上げるには自己中であるべき

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結局、自己中心的ではない思考とは、人様に迷惑をかけずに、目立たずに生きようとすることではないかと思う。

他人に迷惑をかけないと考えると、自然と行動力が落ちる。「〇〇がしたい!」という着想の次に、「でも、〇〇に迷惑がかかるからなあ」となり、アクセルをふんだ直後にブレーキをかけてしまうからだ。

対して、「自己中心的」な人はこうはならないと思う。「〇〇がしたい!」となった後、「でも」などとは考えない。なぜなら、他人への迷惑を考慮していないからだ。

換言すれば、自己中ではない人は他人主体で生きているのに対して、自己中な人は(あたりまえかもしれないが)自分主体で生きている。

こう考えると、まともなのは後者なのでは?と思う。他人の目を気にして動けなくなるくらいなら、他人の目を気にせずに自己中心的になり、行動力を上げたほうがずっといいと思っているのは、私だけではないはず。