そっちゃそのたわごと

ミニマリズムと断捨離が好きな20代。

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没頭して飽きることの重要性は何なのか【多動力/ 堀江貴文をよんで】

どこの書店に行っても平積みにされているベストセラー書籍「多動力/ 堀江貴文,幻冬舎」で著者のホリエモンさんがこのような興味深いことを言っていた。

 猿のようにハマり、鳩のように飽きよ。「多動力」の源泉は好奇心と集中力だ。この二つを身につけるには、ハマって飽きるをひたすら繰り返すことが重要。

ハマるとは、対象は何でもよく、とにかく対象に没頭すること。ゲームでも、サッカーでも、読書でもなんでもいい。それが仕事だろうが、遊びだろうが、とにかく対象に没頭することが、ハマること。

そして、飽きるとは、その対象にさっぱり魅力を感じなくなることだ。

この一連のプロセスを経ることの何に価値があるのだろうかと、僕は本を読んで考えた。いまいち腑に落ちなかったのだ。

飽きてしまったら今までの労力が台無しではないかと思ったが、ある日、堀江さんがいいたかったことはこうゆうことではないかと、理解した。

これは、僕の場合の話だが、一時期語学系の資格試験マニアみたいなことをしていたことがある。

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英語とスペイン語の資格を、マニアックなものも含めて、片っ端から受験した。TOEIC, TOEFL, 英検はもちろん、もっとマニアックなものも受けた。

毎週末は、常になんかの語学試験が予定されていた、といった具合だ。

しかし、今となっては、すっかり飽きて資格試験に魅力を感じなくなってしまった。受かった場合も落ちた場合もそうだったが、何も学べず徒労感しか残らなかったからだ。語学力が上がった実感も全くない。

では、この経験から得られた「学び」は何だろうか?多分、こういうことだ。

語学検定の受験にハマる前は、そのことに魅力、ないしは価値を感じていた。だが、実際に受けたらわかったことは、それが自分にとって、価値を生み出さない徒労感しか残さない作業であったということだ。

つまり、この一連のプロセスは、失敗のプロセスだ。語学検定にハマって飽きたことで、僕は失敗の経験値を積んだのだ。失敗とは、非常に価値のあるものである。

何かで失敗を経験していると、次回に非常に役に立つ。

また同じような境遇になった場合、その学びが行動決定の時に役に立つ。